近い将来に発生が懸念されている南海トラフ巨大地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震や首都直下地震に加え、近年、激甚化、頻発化し、深刻な被害をもたらす集中豪雨や台風など、自然災害への対策は重要性を増しています。
海上保安庁では、こうした自然災害が発生した場合には、人命・財産を保護するため、海・陸の隔てなく、機動力を活かした災害応急活動を実施するとともに、自然災害に備えた灯台等の航路標識の強靱化や防災情報の整備・提供、医療関係者等の地域の方々や関係機関との連携強化にも努めています。
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4 災害に備える
CHAPTER II. 自然災害対策
近い将来に発生が懸念されている南海トラフ巨大地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震や首都直下地震に加え、近年、激甚化、頻発化し、深刻な被害をもたらす集中豪雨や台風など、自然災害への対策は重要性を増しています。 海上保安庁では、こうした自然災害が発生した場合には、人命・財産を保護するため、海・陸の隔てなく、機動力を活かした災害応急活動を実施するとともに、自然災害に備えた灯台等の航路標識の強靱化や防災情報の整備・提供、医療関係者等の地域の方々や関係機関との連携強化にも努めています。 自然災害への対応
令和4年度も地震や台風、大雨等による自然災害が発生し、各地に被害がもたらされました。海上保安庁では、巡視船艇・航空機及び特殊救難隊等の機動力を活用した人命救助、被害状況の調査、航行する船舶や海域利用者に対する情報提供等を実施しました。 また、自治体に職員を派遣して、被害状況などの情報収集を実施し、地域のニーズに応じた支援等を実施しました。 令和4年8月には低気圧に伴う前線の停滞等により、北日本から西日本にかけて広い範囲で大雨となりました。 海上保安庁では巡視船艇・航空機による被害状況調査、機動救難士による孤立者吊上げ救助、潜水士等による孤立情報に伴う安全確認を実施しました。 令和4年9月には、相次ぐ台風の接近が全国的に大雨や強風被害をもたらしました。台風14号の接近・上陸に際しては、災害対策基本法の改正後、初めて「おそれ」の段階において特定災害対策本部が設置され、政府一丸となった対応がなされた中で、海上保安庁においては、各管区海上保安本部で巡視船艇・航空機等を配備し即応体制を確保しつつ、関係する自治体に連絡要員を派遣し、関係機関と緊密に連携・協力しながら、被害状況調査等、迅速かつ的確に対応しました。また、台風15号に伴う静岡県静岡市における大規模な断水に対して、巡視船を派遣し給水支援活動を実施しました。 孤立者吊上げを行う機動救難士 孤立情報に伴う安全確認を行う潜水士等 巡視船による給水支援 停電復旧のための電力会社作業員搬送 東日本大震災からの復旧・復興に向けた取組
海上保安庁では、引き続き第二管区海上保安本部を中心に、東日本大震災からの復旧・復興に向けた取組を実施しています。 令和4年においても、地元自治体の要望に応じ、潜水士による潜水捜索や警察、消防と合同捜索を実施しています。 海上交通の防災対策
海上保安庁では、近年、激甚化、頻発化する自然災害発生時においても、海上交通の安全確保を図るため、灯台をはじめとする航路標識の強靱化を推進するとともに、航行船舶の動静を把握し危険回避のための情報提供を行っています。 令和3年7月1日に施行された海上交通安全法等の一部を改正する法律により、船舶交通がふくそうする東京湾、伊勢湾、大阪湾を含む瀬戸内海では、湾外避難などの勧告・命令制度や、同制度に基づく措置を円滑に行うための官民の協議会を設置するなどして、走錨に起因する事故の防止に取り組んでいます。 また、国土強靱化基本計画(平成30年12月14日改訂)に基づき、重点化すべきプログラムの取組のさらなる加速化・深化を図るため「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」が令和2年12月11日に閣議決定され、海上保安庁にあっては、交通ネットワークを維持し、国民経済・生活を支えるための対策として、「走錨事故等防止対策」、「航路標識の耐災害性強化対策」及び「航路標識の老朽化等対策」に取り組んでいます。 防災情報の整備・提供
海上保安庁では、災害発生時の船舶の安全や避難計画の策定等の防災対策に活用していただくため、防災に関する情報の整備・提供も行っています。西之島をはじめとする南方諸島や南西諸島等の火山島や海底火山については海底地形調査、火山の活動状況の監視を実施し、付近を航行する船舶の安全に支障を及ぼすような状況がある場合には、航行警報等により航行船舶への注意喚起等を行っています。 そのほかにも、船舶の津波避難計画の策定等に役立つように、大規模地震による津波被害が想定される港湾及び沿岸海域を対象に、予測される津波の到達時間や波高、流向・流速等を記載した「津波防災情報図」を「海しる」のテーマ別マップ等で、インターネットにて公開しています。 また、「海の安全情報」において、自然災害に伴う港内における避難勧告、航行の制限等の緊急情報のほか、気象現況等を提供しています。 海底地殻変動の観測
日本周辺の海溝では日本列島がある陸側プレートの下に海側のプレートが沈み込んでいます。海側プレートの沈み込みに伴う陸側プレートの変形によって蓄積されたひずみが、プレート境界面上のすべりとして急激に解放されることで、海溝型地震が発生すると考えられています。海上保安庁では、GNSS*測位と水中音響測距技術を組み合わせたGNSS-A海底地殻変動観測を平成12年度から行っています。この観測では、将来の海溝型地震の発生が予想される南海トラフや、東北地方太平洋沖地震後の挙動が注目される日本海溝沿いの海底に観測機器を設置し、測量船を用いてプレートの変形に伴う海底の動き(地殻変動)を調べています。 観測によって得られる、地震発生前のひずみの蓄積過程や地震時のひずみの解放等に伴う海底地殻変動データは、陸上のGNSS観測では知り得ない貴重な情報を有しており、海溝型地震の発生メカニズムの解明において非常に重要な役割を果たしています。海上保安庁は、地震調査研究推進本部や気象庁の南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会に参加し観測結果を報告することで、地震・地殻活動の評価に貢献しています。 *GPS等の人工衛星から発射される信号を用いて地球上の位置等を測定する衛星測位システムの総称 海上保安庁が発展させたGNSS-A海底地殻変動観測
海上保安庁ではこれまでに培ってきた海洋における調査技術を活かして、地震防災につながるための調査観測を実施しています。ここでは、将来の発生が懸念されている南海トラフ地震等、海域で発生する地震の発生メカニズムの解明のために実施している「GNSS-A海底地殻変動観測」について紹介します。 海域で発生する地震の仕組みを詳しく知るためには、震源域である海域での観測が重要であることが古くから指摘されていました。陸上では、人工衛星を利用した測位技術により地面の動き(地殻変動)が精密に観測されてきましたが、海域の地殻変動観測には技術的な困難が多く、離島や岩礁で限定的に行われたのみでした。 このような中、海底の動きを直接計測することを可能とする技術として、1980年代に、衛星測位技術と水中音響(Acoustic)測距技術を組み合わせた海底地殻変動観測手法(後のGNSS-A海底地殻変動観測)が米国の研究機関の研究者によって提案されました。しかし、当時は実験的な観測が実施されたのみで、安定した観測運用には至りませんでした。海上保安庁は、海図作製を原点として培ってきた海中での音響計測技術や人工衛星を利用した測位技術の経験を活かし、1990年代半ばから海底地殻変動観測システムの開発に着手し、様々な試行錯誤を経て実用化に成功しました。現在では、日本海溝や南海トラフ沿いに観測点網を展開し、測量船を使用して定常的に観測を実施しています。 GNSS-A海底地殻変動観測は、GNSS測位と水中音響測距を組み合わせて海底に設置した観測装置(海底局)の位置を計測するものです(図1)。測量船の位置を決定するGNSS測位には、通常の航海や測量に使用しているものよりも高精度な精密測位を用いています。海中ではGNSSの電波が届かないため、音波を用いた測位を行います。測量船と海底局との間に音波を往復させ、その往復時間から距離を計測します。最後に、これら2つの計測結果を組み合わせて、海底局の位置をセンチメートルの精度で決定します。海底局の位置を繰り返し測定することで、年間わずか数cmほどの海底の動きを捉えることが可能となります。 これまでの観測から、2011年3月の東北地方太平洋沖地震により震源付近の海底が20m以上動いたことや、南海トラフ地震の想定震源域の固着強度が場所によって異なること(図2)などを捉えてきました。さらに、巨大地震の発生との関連が示唆されているゆっくりすべりの検出にも成功しています。 2020年には、海上保安庁が実施してきたGNSS-A海底地殻変動観測の技術開発や成果が地震学の発展に大きく貢献したと認められ、日本地震学会技術開発賞が授与されました。 海上保安庁では、地震防災に貢献するため、引き続き観測を実施するとともに、更なる精度向上に向けて技術開発を進めてまいります。 関係機関との連携・訓練
災害応急対応にあたっては地域や関係機関との連携が重要であることから、海上保安庁では、関係機関との合同訓練に参画するなど、地域や関係機関との連携強化を図っています。 加えて、全国60の海上保安部署に配置される地域防災対策官を中心に、平素から自治体等と顔の見える関係を築き、情報共有や協力体制の整備を図るとともに合同訓練を実施する等、さらなる連携強化に努めています。 令和4年度は、迅速な対応勢力の投入や非常時における円滑な通信体制の確保等を念頭に置いた防災訓練等、関係機関と連携した合同防災訓練を241回実施しました。また、主要な港では、関係機関による「船舶津波対策協議会」を設置し、海上保安庁が収集・整理した津波防災に関するデータを活用しながら、港内の船舶津波対策を検討しています。 海上保安庁では、あらゆる自然災害に備えるため、巡視船艇・航空機等の必要な体制の整備や訓練の実施、地域・関係機関との連携強化、防災に関する情報の的確な提供、航路標識の強靱化、走錨に起因する事故の未然防止等を引き続き推進していきます。 |